被告である
昭和女子大学によれば、
1961年10月20日頃から、学内で無届の政治署名運動を行ったり、無許可で学外団体に加入した学生がいることが判明した。
昭和女子大学は本人および
保護者などに連絡をとりながら3ヶ月余にわたって説諭を続けたが、当該の学生の態度は変わらず、そのうえ
週刊誌や放送あるいは公会堂で事実を歪曲した手記を発表したり、事実無根のことを訴えるなど、公然と昭和女子大学を
誹謗する活動を続けたので、
1962年2月12日、2名の学生を退学処分にした。
最高裁判所第三小法廷は、全員一致で上告を棄却した。判決では、
三菱樹脂事件をひいて憲法の規定は私人間に類推適用されるものではない(間接適用説)とし、退学処分は懲戒の裁量権の範囲内である、とした。なお、これらの判決に示されたこの種の事案に関する法解釈等は実務・学説とも一般的に主流となっているが、一方で
思想・良心の自由を謳った日本国憲法の精神に反するという批判も一部でなされている
[批判として、例えば高田敏「大学在学関係と基本的人権」行政判例百選I第4版40頁。これに対しては、例えば、多種多様な私立大学における在学関係において、そこまで人権の読み込みをする必要はないとする批判が妥当する(高橋正俊「私立大学と基本的人権」憲法判例百選I第4版26頁)。]。