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「加佐郡」||消費者金融-LINK.com (05/27update)

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加佐郡(かさぐん)は、丹後国京都府にあった人口5,571人、面積96.81km²(2003年)。
最後に残っていた大江町が、2006年1月1日に福知山市に編入され、郡は消滅した。

◆沿革
7世紀に丹波国に属する加佐評として建てられた藤原京藤原宮の北をめぐる外濠から「丙申年七月旦波国加佐評」と読みとれる木簡が出た。旦波は丹波の古名。丙申年は696年。奈良国立文化財研究所『藤原宮木簡』一、155、奈良国立文化財研究所史料XII、1978年、解説78頁。701年に郡制の加佐郡となり、713年丹後国が分けられるとこれに属した。平安時代と室町時代には加佐郡に丹後の国府が置かれた。
1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い、加佐郡に舞鶴町と24の村が成立する。(1町24村)
1890年(明治23年)12月10日 - 河守下村が町制施行・改称し河守町となる。(2町23村)
1902年(明治35年)6月1日 - 余内村から余部町が分立。(3町23村)
1906年(明治39年)7月1日 - 倉梯村・志楽村から新舞鶴町が分立。(4町23村)
1919年(大正8年)11月1日 - 余部町が中舞鶴町に改称。
1928年(昭和3年)10月1日 - 丸八江村・東雲村が合併し、八雲村が発足。(4町22村)
1936年(昭和11年)8月1日 - 四所村・高野村・中筋村・池内村・余内村が舞鶴町に編入。(4町17村)
1938年(昭和13年)8月1日(1町14村)
  ・舞鶴町が市制施行し、舞鶴市となり郡より離脱。
  ・新舞鶴町・中舞鶴町・倉梯村・与保呂村・志楽村が合併し、東舞鶴市が発足、郡より離脱。
1942年(昭和17年)8月1日 - 東大浦村・西大浦村・朝来村が東舞鶴市に編入。(1町11村)
1951年(昭和26年)4月1日 - 河守町が河守上村・河西村・河東村・有路上村・有路下村を編入・改称し大江町となる。(1町6村)
1955年(昭和30年)4月20日 - 岡田上村・岡田中村・岡田下村・八雲村・神崎村が合併し、加佐町が発足。(2町1村)
1956年(昭和31年)9月20日 - 由良村が宮津市に編入。(2町)
1957年(昭和32年)5月27日 - 加佐町が舞鶴市に編入。(1町)
2006年(平成18年)1月1日 - 大江町が福知山市に編入。同日加佐郡消滅。