加佐郡 wikipedia|無料辞書
最後に残っていた
大江町が、2006年1月1日に
福知山市に編入され、郡は消滅した。
◆沿革
7世紀に
丹波国に属する
加佐評として建てられた
[藤原京藤原宮の北をめぐる外濠から「丙申年七月旦波国加佐評」と読みとれる木簡が出た。旦波は丹波の古名。丙申年は696年。奈良国立文化財研究所『藤原宮木簡』一、155、奈良国立文化財研究所史料XII、1978年、解説78頁。]。
701年に郡制の加佐郡となり、
713年に
丹後国が分けられるとこれに属した。平安時代と室町時代には加佐郡に丹後の
国府が置かれた。
・
1889年(明治22年)
4月1日 - 町村制施行に伴い、加佐郡に舞鶴町と24の村が成立する。(1町24村)
・
1936年(昭和11年)
8月1日 - 四所村・高野村・中筋村・池内村・余内村が舞鶴町に編入。(4町17村)
・新舞鶴町・中舞鶴町・倉梯村・与保呂村・志楽村が合併し、
東舞鶴市が発足、郡より離脱。
・
1942年(昭和17年)8月1日 - 東大浦村・西大浦村・朝来村が東舞鶴市に編入。(1町11村)
・
1951年(昭和26年)4月1日 - 河守町が河守上村・河西村・河東村・有路上村・有路下村を編入・改称し大江町となる。(1町6村)